長野地方裁判所岩村田支部 昭和32年(ワ)33号 判決 1960年5月17日
原告 掘込勝義
被告 国
訴訟代理人 星智孝 外五名
主文
原告の請求は棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三百万円及びこれに対する昭和三十二年十月十九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め。その請求の原因として、
一 小諸市(旧長野県北佐久郡大里村)大字菱平字高峰、国有林七百四番のイ号千三百三十三町五反二十歩のうち三十七町六反四畝十八歩に対し植林本数落葉松九万四千百本、楢一万五千本分収歩合二官八民、但し楢については三官七民、存続期間大正十年から七十六年間の約で大正十年十二月五日設定された部分林(以下本件部分林という。)の民収権は元訴外島田喜助、小山甚三郎、小山重右衛門、小山良一、金沢友次郎、平井音次郎、山崎長三郎及び山崎正二郎の共有に属したところ、右民収権は昭和十九年中右島田外七名から訴外高橋若平に、昭和二十三年十一月十七日同人から訴外中込貞一郎、原田嘉市、依田英二、原田新太郎、高橋佐忠太及び原告に、昭和三十五年二月二十日右中込外五名から原告に順次譲渡されたものであるが、原告は昭和二十七年八月四日訴外北原清市に対し右民収権を代金二百五十万円とし、うち金三十万円はすでに支払ずみとし、残金二百二十万円は所轄営林局長の譲渡許可の日から十日以内に支払うこと、もし右期間内にその支払をしないときは右権利を原告に返還することの約で売渡し、右期間内に残代金の支払がなかつたとき右北原から原告に右権利の名義を変更するため必要な書類として、委任状その他の書類を北原から預つたところ、同年十月二十一日右民収権を北原に譲渡するにつき長野営林局長の許可があつたにかゝわらず、北原は同日から十日を経過しても前記残代金の支払をしなかつたので、原告は前記約旨により右民収権を営林局長の許可を条件として北原から返還取得し得べき期待権を取得したものである。
二(1) そこで原告は同年十一月一日頃さきに北原から預つた前記書類を使用して同人名義、長野営林局長宛の本件部分林に関する権利の名義変更許可申請書を岩村田営林署に持参し、同署庶務課長大久保重治に面会し、右申請書を提出してその受理方を願出たところ、大久保課長は右書類を閲覧し、これを同署長近藤重雄の許に持参し、相談したうえ、本件部分林は
二二九二( 六四)
名義変更をして日も浅いし、役所の都合もあるので、時期をみて通知するから、一旦この書類を持帰つて貰いたいといつて、右書類を原告に返戻し、これを受理しなかつたので、原告はその受理方を頼んで帰り大久保課長からの通知を待つた。
(2) 同月三日頃原告は大久保課長に電話でその後の様子をきいてみたところ、北原清市を呼んであるからとのことであつた。
(3) 同月四日頃原告は訴外依田英雄に委嘱して前記申請書を岩村田営林署に提出して貰つたところ、近藤署長、大久保課長同席で、本件部分林については役所でもいろいろ都合があるので、いま調査しているから待つて貰いたいといつて、右書類は受理しなかつた。
(4) 同月十七日頃原告は岩村田営林署に赴き大久保課長に面接し、前記申請書の受理方を要請したが、同課長はこれを受理しようとはしなかつた。
(5) 同月二十七日頃原告は訴外細江七兵衛に委嘱して前記申請書を受理してくれるように近藤署長及び大久保課長に頼んで貰つたが、同人等はこれに応じなかつた。
(6) 同年十二月一日頃原告は岩村田営林署に赴き大久保課長に面会し、前記申請書を提出し、その受理方を頼んだが、同課長はこれを受理しようとはしなかつた。
(7) 昭和二十八年二月一日頃原告は岩村田営林署に赴き大久保課長に面会し、前記申請書の受理方を頼んだが、同課長はこれに応じなかつた。
(8) 同年四月二十七日頃原告は弁護士名越鉄夫に委嘱して近藤署長及び大久保課長に前記申請書の受理方を要請して貰つたが、同人等はこれを受理しようとしなかつた。
(9) 昭和二十九年一月二十一日頃大久保課長から原告に岩村田営林署に出頭するように電話があつたので、翌二十二日頃原告が同署に出頭すると、大久保課長は原告に対し本件部分林の権利の名義を当初の造林者島田喜助外七名に戻すのなら、その変更を許可してもよい旨申出たので、同年二月五日頃原告は当初の造林者八名の代表者金沢友次郎とともに同署に出頭して大久保課長に面接し、本件部分林の名義変更の許可を頼んだところ、同課長は署長が不在であるから、改めて営林署から通知するまで待つて貰いたいというので、やむなく原告はその通知を待つことにして帰つたが、その後同営林署からは何の通知もなかつた。
(10) その後昭和三十年九月二十七日頃原告は岩村田営林署に出頭し、同署長峰村歳末及び大久保課長に面会して前記申請書を提出してその受理方を要請したところ、同署長はこれを一日受取つたが、閲覧しただけで原告に返戻し、その受理をしなかつた。
三 以上のとおり岩村田営林署は原告が三年余にわたり継続的に差出した前記申請書を受理しなかつたものであるが、原告の提出した右申請書は適式有効のものであり、原告は造林者としての適格を十分備えているものであるから、もし右申請書が同営林署に受理され長野営林局長に進達されたならば、当然右申請は許可された筈であるところ、営林署長及び同庶務課長たるものはかような申請書が提出されたならば、これを受理して営林局長に進達送付すべき義務があるものであるから、岩村田営林署長及び同庶務課長は原告の右申請書を受理して長野営林局長に進達送付すべきものであつたのに、近藤署長及び大久保課長はそのことを知りながら故意に又は過失により気附かず不法にも右申請を受理しなかつたものである。故に右署長及び課長が。前記申請書を受理しなかつたことは国の公権力の行使に当る公務員である同人等の故意又は過失による違法な職務の執行といわなければならないから、被告国は国家賠償法第一条によりこれによつて原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。
仮に被告国に国家賠償法による責任がないとしても、右署長及び課長の前記行為は、被告国の被用者である同人等が被告の事業の執行についてなした故意又は過失による違法な行為であるから、被告国は民法第七百十五条によりこれによつて原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。
四 しかして原告は前記のとおり営林局長の許可を条件として本件部分林の造林者たり得べき権利を有していたものであり、原告提出の前記申請が営林署により受理されたならば当然右申請は営林局長から許可され、原告は本件部分林の造林者たり得たものであるところ、岩村田営林署長及び同庶務課長が右申請を受理しなかつたので、北原清市は昭和三十年十月二十三日長野営林局長から本件分林の民収分の引渡を受け、昭和三十二年三月二日から訴外三関木材株式会社をして右部分林の立木を伐採搬出させたため、原告は右部分林の立木の時価に相当する金千万円以上の財産上の損害を蒙つた。
五 よつて原告は被告に対し右損害のうち金三百万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十二年十月十九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。
と陳述した。
<立証 省略>
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の一の事実めうち本件部分林の民収権が元原告主張の島田喜助外七名の共有に属したこと、長野営林局長が昭和二十七年十月二十二日本件部分林の権利を島田喜助外七名から北原清市に譲渡するにつき許可を与えたことは認めるが、その余の事実は知らない。二の(1) の事実のうち原告がその主張の頃岩村田営林署に出頭して大久保課長に面会し、本件部分林の権利の譲渡に関する書類を提出してその受理方を申入れたので、同課長はこれを閲覧し、近藤署長の許に持参して相談したうえ、本件部分林は名義変更をして日も浅いのであるから、一旦この書類を持帰つて貰いたいといつて、これを原告に返戻したところ、原告が帰つたことは認めるが、その余の事実は争う。二の(2) 及び(3) の事実は争う。二の(4) 、(5) 及び(6) の事実は認める。二の(7) の事実は争う。二の(8) の事実は認める。二の(9) の事実は争う。二の(10)の事実は認める。三の事実のうち岩村田営林署が原告が提出した本件部分林の権利譲渡の許可申請書を受理しなかつたことは認めるのが、その余事実は争う。四の事実のうち長野営林局長が昭和三十年十月二十九日北原清市に対し本件部分林の民収分を引渡したことは認めるが、その余の事実は争う。
(一) 部分林の造林者は営林局長の許可を受けなければ、その権利を処分することができないものであるから、造林者がその権利を処分しようとする場合は、所轄営林署を経由して営林局長に対しその許可の申請をしなければならず、その申請は権利を処分しようとする造林者がなすべきものであり、部分林に関する権利の処分に対する許可申請があつた場合、営林署長はその申請が造林者の意思に基きなされた有効適式なものかどうか調査し、これを受理するかどうか決定する権限と職責を有するところ、原告が本件部分林の名義を変更して貰いたいといつて岩村田営林署に提出した書類は「部分林売渡契約書」と題する書面と白紙に北原清市と記載し、その名下に押印のしてあるものだけであり、原告が右書類を最初に持つてきたのは北原清市が本件部分林の造林者となつてから旬日を出でないときであり、右申請が果して北原清市の真意に基くものかどうか明確でなかつたので、岩村田営林署長及びこれを補佐する同庶務課長が原告に対し北原清市と同道して出頭するか、その他右申請が同人の真意に基くものであることを認めるに足りる資料を提出するように指示したが、原告は徒らに右権利譲渡の承認を求めてその交渉にくるばかりで、右指示事項については何等これを明らかにするところがなかつたのみならず、岩村田営林署から職権で北原清市に対し照会した結果却つて同人に右申請をする意思がないことが判明したので、右署長及び課長が右申請を受理しなかつたのは何等違法ではない。
(二) 部分林の権利の譲渡は造林者が営林局長から許可を受けない限りその効力を生ずるものではないし、その許可は営林局長の自由裁量に基く処分であるので、右権利の譲渡を受けようとするものは右許可を受くべきことを法律上期待する権利を有しないものであるから、原告は本件部分林の権利の譲渡に関する許可申請が受理されなかつたからといつてその権利を侵害される余地はない。
(三) 仮に右主張が理由ないとしても、原告は本件部分林につきその譲受後負担すべき造林義務又は保護義務を尽す資格ないし能力も有しないものであるから、仮に前記申請が受理されたとしても営林局長の許可は得られなかつたこと明らかであるので、右申請が受理されないからといつて原告の権利が侵害されるということはあり得ない。
と述べた。
<立証 省略>
理由
本件部分林の民収権が元原告主張の島田喜助外七名の共有に属したことは当事者間に争がなく、証人中込貞一郎、依田英二の各証言及び同証言により真正に成立したと認める甲第一号証、第三号証の一、二、証人小山良一、金沢友次郎の各証言及び成立に争のない甲第四号証の一、二によれば、右民収権が島田外七名から高橋若平に、同人から原告主張の中込貞一郎外五名に、同人等から原告に順次その原告主張の頃に譲渡されたものであることが認められ、証人北原清市(第一、二回)及び原告本人の各供述並びに右供述により真正に成立したと認める甲第五号証によれば、原告がその主張の日に北原清市に対し右民収権を原告主張のような約で売渡したことが認められ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
しかして昭和二十七年十一月一日頃から三年余にわたつて原告が本件部分林の権利の名義を北原清市から原告に変更することの許可を岩村田営林署に申請したが、同営林署がこれを受理しなかつたことは当事者間に争がない。そこで右営林署の処分が違法であるかどうかについて判断するに、部分林の造林者は営林局長の許可を受けなければ、その権利を処分することができないものであり(国有林野法第十五条)、造林者がその権利を処分しようとする場合は、所轄営林署を経由して営林局長に対しその許可を申請し、営林署長は所要の事項を記載した書面に、造林者及び譲受人連名の申請書並びに当該部分林設定契約書を添え、意見をつけて営林局長に進達しなければならない(昭和二十七年八月二十一日長庶第二二七四号、国有林野管理事務取扱細則第二条、第七十六条)ことになつており、右申請は権利を処分しようとする造林者からなすべきものであり、右申請が出された場合、営林署長はそれが造林者の意思に基きなされた有効適式の申請であるかどうか調査し、これを受理するかどうか決定する権限と職責を有し、同庶務課長はこれを補佐する職責を有するものであつて、その申請が造林者の意思に基くものでないことが明らかとなつた場合には、これを受理しなくても違法とはいえないと解すべきところ、証人北原清市の証言(第一、二回)及び被告大久保重治、近藤重雄並びに原告の各本人尋問の結果を綜合すると、原告が昭和二十七年十一月一日頃から三年余にわたつて本件部分林の名義を北原清市から原告に変更して貰いたいといつて岩村田営林署に提出した書類は、北原清市と原告連名の「部分林権利譲渡願」及び「部分林権利譲渡同意書」と題する書面、本件部分林の図面二通、北原名義の原告宛の「約束書」と題する書面、北原名義の白紙委任状並びに白紙に北原の印影を押捺したもの(甲第六号証の一ないし七)であるが、右北原の委任状には委任事項の範囲も受任者の名も記載されていないので、北原が原告に右申請書を提出することを委任するためこれを作成したものかどうか明確を欠くばかりでなく、原告が右書類を最初に持つてきたのは北原が本件部分林の造林者となつてから旬日を出でないときであり、しかも当時すでに北原から本件部分林の解約願及び伐採許可申請がなされていたところから、右申請が果して北原の真意に基くものかどうか明確でなかつたので、近藤署長及び大久保課長は原告に対し北原と同道して出頭するか、右申請が同人の真意に基くものであることを認めるに足りる他の資料を提出するように指示したが、原告は徒らに右権利譲渡の承認を求めてその交渉にくるばかりで、右指不事項については何等これを明らかにしなかつたのみならず、岩村田営林署から職権で北原に対し照会した結果却つて本件部分林の権利の取引に関し原告と北原との間に紛争があり、同人としては前記申請をする意思がないことが判明したので、同署長及び課長は右申請を受理しなかつたものであることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。したがつて岩村田営林署長及び同庶務課長が原告が持参した前記申請書類を受理しなかつたことは何等違法ではない。よつて右処分の違法であることを前提とする原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 輪湖公寛)